阿河の姓は、播磨国淡河に由来します。大正二年、坂出に建立された阿河氏遺来碑には「其先出自播州白旗城主赤松氏之裔」と刻まれ、赤松氏に連なる武家の系譜を伝えています。
淡河氏は代々播磨の淡河城に拠りました。戦国の頃、城主・淡河弾正定範は三木合戦において奮戦し、その武名を今に残しています。天正七年の落城を経て、一族は各地へ新たな道を求めました。
やがて瀬戸の海を渡った一族は、讃岐・坂出の地に根を下ろします。慶長八年には海中の寄洲に堤を築いて塩田を拓きました。以来、阿河氏は代々塩業を家業とし、田畑の開墾にも力を注ぐなど、郷土の発展に貢献し続けました。
明治七年には阿河浜塩田が築造され、坂出の入浜式塩田群の一翼を担いました。讃岐三白の一つに数えられた塩は、長きにわたり地域経済を支えましたが、塩業の近代化に伴い塩田の時代は次の章へと移り、阿河浜の跡地は今日、坂出港の物流拠点として新たな役割を果たしています。
阿河の姓を継ぐ者は、坂出を起点に各地へ広がり、それぞれの道を歩んでいます。先人たちが荒浜を拓いたように、子孫もまた、それぞれの地で自らの道を拓いていくことでしょう。